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回想:信頼  2004.11.1

 信頼というのは、積み重ねが大切で、育てるのには時間がかかるね。
 少しずつ、じっくりじっくり積み上げて、なかなか形にならないの。

 でもね、失うのはたやすいの。
 自棄になって、えーいってやっちゃったら、あっという間。

 まるで、積み木みたいな感じだね。

  ▽  △  ▽

 積み重ねを崩しちゃうような過ち犯したときに、言い訳するのは、たやすい。だけど、それで壊れたものが修復されるわけじゃない。本意でなければ、故意でなければ、心から悔いて謝るしかないだろう。
 許しを請うのではなく、謝る。

 それしか出来ないでしょう?

 でも、故意でやっちゃったなら?
 どうだろう・・ それでも、過ちを認めたなら、謝るしかないだろうなあ。

 許しを得るために謝るのではなく、ただ、相手の乱れた心が少しでも収まることを祈って、謝意を伝える。それだけ。

 だって、許されることを前提に謝るだなんて、まるで自分を救いたいがために謝るようなものなんだもの。そんな傲慢なことが許されてよいわけがないよ。

(許されることを期待することすら捨ててしまわななければいけないとまでは、決していわないけれど。)

  ▽  △  ▽

 僕はあの時、途方にくれて、そして自棄になったわけだけれど。そんなのは、言い訳。
 それはわかってるけど、あとで悔いたときに、チャンスが残ってないというのは、苦しいかもしれない。

 だけど、崩したのは自分だということは、忘れてはいけない。
 だって、土台まで崩しちゃったら、もう二度と、積むことすらできないんだから。

  ▽  △  ▽

 あの時、早々にあきらめようとした僕がこんなこといってはいけないのはわかっているけれど。

 時には、引き際も大切ということかも知れない・・

 ん?
 いや、あきらめちゃいけないんだ。
 あきらめるのは、いつでもできるもの。