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たいせつなひと  2005.2.18

 バレンタインデーですね。

 街中では、クリスマスほどではないですけれど、あちこちがバレンタインムード(とでも言ったらいいのかな)でいっぱいです。尤も、私はといえば、おこぼれにすらありつけないほど縁遠いイベントになってしまったのですが。

 実は、このバレンタインデーの起源については、2年前に日記ネタとして使わせていただいています。
 とはいっても、前のサイトのことなので、読めないんですが。(苦笑)

 せっかくなので、ほんの一部だけ抜粋しちゃいましょう。

  * *

 どうももともと、バレンタインデーというのは、ローマで、ルペルクスという豊穣の神のために行われていた、「ルペルカーリア」という祭がその起源のようです。

 このお祭りでは、前日の2月14日の夕方に、若い未婚女性たちの名前の書いてある紙を箱に入れて、翌日祭が始まったら男性たちがその紙を引いて、書いてある名前の女性とと祭の間付き合うというものだったそうです。
 (もちろん、祭りの間にお互いが気に入ったら、そのままお付き合いは継続します)

 つまり、一言で言えば、男女がくじ引きして(最長)一年間の交際相手を決めるという、まあなんともふざけた?風習が元らしいのです。

 (あ、ということは、バレンタインデーって、もともと15日だったのかぁ)


  * *

 この後さらに、バレンティヌス司教の話へとつながっていくのですが、いくらなんでも同じネタをコピペで終了ではひどすぎるのでこの辺で割愛です。

 ところで、お隣韓国では、面白い習慣があるらしいですね。
 バレンタインデーの翌月にホワイトデーがあるのは日本と同じ?ですが、さらにその翌月、ブラックデーというものがあるそうなんです。
 ブラックとはいっても、決してチョコをもらえなかった男の子やお返しをもらえなかった女の子が復讐を果たすとかいうブラックジョークが許されるわけでもなんでもなくて(当然ですね)、なんでも独り者同士があつまり、黒尽くめで黒いジャージャー麺を食べるんだとか・・・
 そっちの方がよっぽど冗談じみてますが、一体どこまでが本当なのやらですね。

  ▽  △  ▽

 与太話はさておき、バレンタインデーというと、女性から男性に、普段心のうちに秘めていた思いのたけをチョコに載せて、堂々とぶつけられる素敵な日とされているわけです。

 思いのたけとか書いたら、憎い場合は毒でも盛って贈ることも許されちゃいそうですね。
 って・・そうじゃなくて。

 自分以外の誰かに、好意や、愛情、大切に思う気持ちを抱くって、とても素敵なことですよね。だけど、想いは、抱いているだけでは、なかなか伝わりません。そりゃ、すぐ近くに居れば、日常の何気ない仕草や行動から読み取れるものは沢山ありますから、決して言葉ばかりが大事とはいいません。
 けれどね、やっぱり、一番ストレートに伝えられる方法が言葉なのも事実ですよね。

 だから、贈り物という行動に、大切だという気持ちを言葉にして載せて送るんですよね。
 人間には多彩な表現の力が与えられていて、この力を発揮することではじめて、内にある心の存在を相手に感じさせることが出来るんだと思うんです。

 心は人の内にあって見えないと思われがちですが、逆に、情緒豊かな表現で見せて行くことこそ心の本領、真価なんだと僕は思っています。だから同時に、自分が見せるだけではなくて、他の人が見せてくれたものも、豊かに感じ取り自分の中に吸収する力も同じく、心の大事な働きだと思います。

 こんなこと言うと、まるで唯物史観ぽいといわれそうですが、そうじゃありません。
 
 心とは、見せること、伝えることによって豊かになり、同時に周囲の人との関係も豊かなものになって行くもの。そして、心とは人の中にあるんじゃなくて、人の中から湧き出して人と人をつなぐ掛け橋であって、人と人の間に流れているものなんだと、僕は信じているのです。

 感じ取り、表現する人の働き。それが、こころ。

 だから、秘めず恐れず表現し、受け取る側も、大切に真剣に受け取ってもらいたいなって、思います。

(2005年2月14日 Diaryから移動)